DTPの荒野  ←前のコラムを読む次のコラムを読む→


『組版原論』(左)と『DTPブッシュナイフ』(右)は,
DTPデザインに携わる人の座右の書といえる。
*QuickTake150で撮影したもの(画像は本の一部)

最近はインターネットの影に
隠れているように見えるDTPだが,
ところがどっこい,プロもアマチュアも,
これからがDTPを本当の意味で成熟させる
重要な時期なのだということを忘れてはいけない。
WebデザインもDTPデザインも
根底の部分は同じなのだと−。



『組版原論』の衝撃

この1,2年というもの意識してDTPの問題を避けてきた。このコラムでも「ニッポンのコマーシャルベースDTP」にはあえて言及しなかった。いや,正確には,できなかったというべきだろう。
なぜできなかったのか−それは,私自身がDTPの世界に首までどっぷりと浸かっていて,客観的にこの分野を検証するには,いくら紙数があっても足りないし,「身内」のことは語りづらい。
それでもこのテーマについて書こうと思うようになったきっかけは,最近私のまわりでDTPに関連した,いくつかの出来事があったからである。
ひとつは『組版原論』(*1)という本の出版である。
この本は私の周囲でかなりの反響を呼んでおり,賛否両論が入りみだれている。
著者の府川充男氏は,「精密派」と呼ばれる高名な装幀家で,ニッポンのデザイナーや編集者がいかに無知で無能であるかの言説を随所に散りばめ,大半のデザイナーや編集者にとっては習慣化していた作法を,痛快なまでにバッサリと切っている。

歴史的考察と日本語組版の実践は,素晴らしいというのを越えて,壮絶と表現したい程の内容だ
しかも府川氏は,自らもMacintoshを駆使して,XPressを使っているデザイナーが見たら絶句するような精緻な組版(*2)を実践しているのだ。ここでは詳しく述べないが,興味のある方はぜひ読んでみて欲しい。
しかしながら敢えて言わせて頂く。豊富な文献と実践に裏打ちされた内容が,デザイナーや編集者にたいする執拗なまでの攻撃で,書籍としての品位を貶めているのではないかと。
仮にも「原論」と名づけられた書物であるならば,生の私情を文中に吐露することは,私は賛成できない(*3)。書名を当初意図されていた『組版三昧』と記すべきでだったのではないか。

編集者とデザイナーの相克

とはいうものの,『組版原論』中で指摘されている部分の多くは,私自身も猛省すべき点である。「一律一歯詰め」の愚は,駆け出しデザイナーのときにやったことが一度ならずあったし,自らの勉強不足を,穴があったら入りたくなるほど恥じ入ってしまうような記述も少なくなかった。
そんな折,もうひとつの出来事が起こった。
写植やCEPSにこだわり続けていた得意先の出版社が,編集システムのレベルからMacintoshのDTPに鞍替えをはじめたのだ。これでスムーズに仕事が流れるようになるだろうと思っていた。
ところが,これは甘いも甘い,大甘な予想だった。
いくつかの出版社は,データ入稿のメリットもすぐに理解してもらい,ムダな工程の再整理と,DTPのメリットを活かす入稿システムを、少しづつではあるが形成していった。ところが,一部の出版社では,かえって混乱を招き,それまでの場当たり的な入稿が,いかに写植や製版・印刷の現場に迷惑をかけていたかを知ることになってしまったのだ。
面白いのは,かなり年輩の編集者であっても新しいシステムに理解を示して,こちら側の要望もスムーズに通してくれた場合もあれば,逆に写植時代からある程度の経験を積んだ,若い中堅編集者が現場をかき回して悲惨な結果を招いてしまったケースもあったことだ。
思うにこれは,工程管理が杜撰なままでも,どうにか完成させて本や雑誌が書店に並んでしまうシステム(*4)が,DTP以前にでき上がってしまっていたからではなかろうか。その工程の中で,入稿の実務をしていた中堅編集者が,この習慣に染まり切っていても不思議ではない。
彼らは非常識な修正作業や工程の滞りなどのトラブルを,今までは写植オペレータや版下・製版技術者といった方々に押しつけてきたのだろう。DTPが一般化した現在では,その方法も通用しなくなるが,『なんでオレたちがレイアウトソフトを開けて文字直しをしなきゃなんないんだ』というスタンスは変わらない。
となれば,場当たり的な修正作業による山のような朱字がデザイナーに返ってきて,途方に暮れる夜中の午後11時という状況になるのは明白である。
ここでデザイナーと編集者は,今まで経験したことのない,『責任の所在のおしつけあい』という対立を経験することになるのだ。
こんな現状では府川氏に厳しいことを指摘されても仕方がないだろう。

ワークフローの確立を

DTPのことを考えると,どうも暗澹たる気持ちになってしまうこの頃であったが,最近発刊された『DTPブッシュナイフ』(*5)という本は,久しぶりに気持ちを明るくさせてくれた。
中嶋かをり氏が書いたこの本は,DTPの現場でエディトリアルデザイナーという立場にあって,実践から具体的な問題点の解決までを,自らの失敗談も交えながら,わかりやすく解説している。誠実な仕事ぶりでページデザインをする姿が目に浮かぶ。
一見,DTP初心者やアマチュア向けの本のように見えるかもしれないが,DTP経験の深いデザイナー,編集者,オペレーターの方々でも,この本を読むことで,自分の弱点や問題点がいくつかは浮かびあがってくるはずだ。そして,「オレは編集者だから」「ワタシはデザイナーだから」という逃げ口上は,もはや通用しないことがわかる。
表現するメディアがどんなものであっても,それぞれの領域を受け持つスタッフがワークフローの全体像を理解し,無駄な負荷をなくすようにしなければ,決して長期的には成功はしないだろう。仮にその場はうまく流れたとしても,早晩どこかで破綻をきたすのは明白だ。
DTPはまだまだ,未開の荒野なのである。
すくなくとも,この国では。
(MacUser1996年10月号に掲載)


(*1) 『組版原論』(府川充男 著/太田出版 5,800円)は,日本語組版に正面から取り組んだ本として,DTPを生業とするプロのユーザーに一読をおすすめしたい。この内容でこの価格はバーゲンプライスである

(*2) 信じられないかもしれないが,XPressのテキストボックスを,ページの本文ごとではなく,一行づつバラバラにして(つまり1行1ボックス)組んでいるのである。ルビや拗促音、各種禁則処理の扱いなども高度な技法が駆使されている

(*3) 府川氏の指摘は確かに的を得てはいるが,自説の正当性とルーツの所在を証明せんがために,特定のデザイナーを『ただの薄ら莫迦』と記したりするのは,あきらかに蛇足ではないか。

(*4) スーパーデザイニング誌の前編集長,柴田忠男氏は,『忍耐強く無理難題を聞いてくれる印刷会社さんに甘やかされ,ダメな編集者が増えてしまった』と語っていたが,デザイナーにとっても他人ごとではない。TrueTypeを本文中に使ったり,RGBのPICT画像を貼ったまま平気で入稿する話は今でも珍しくないのだ

(*5) 『DTPブッシュナイフ』(中嶋かをり 著/ディ・アート 2,000円)はエディトリアルデザイナーらしい,シンプルでクリーンな装幀で好感が持てる。組版設計も適切で読みやすい。惜しむらくはPageMakerの解説がほとんどないことだが,これは次作に期待するとしよう

●この原稿について(本人からのコメント)●

『組版原論』にたいする賛否両論はこの後も耳にした。
あまりの怒りに「焚書」処分してしまったデザイナーもいると聞く。
府川氏のその後の行動は,私の参加しているMLでの発言でしか知らないが,
最近は悪ノリし過ぎかなとも感じる。『組版原論』はこの時以来再読していない。暫くして気分が悪くなってしまったのだ。文中にもあるように、やはりあのような執拗ともいえる攻撃は,するべきではなかったのではないか。
次作は『品位』ある『原論』を期待する。
『DTPブッシュナイフ』はDTPの手引き書として,今でも社員教育用に役立っている。
(1997/2/2)
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